お侍様 小劇場

     “夜桜にはナイショ” (お侍 番外編 114)
 


先の冬将軍も結構な暴れっぷりを呈してくださり。
高速道路が渋滞した片っ端からタイヤが凍結してしまい、
そのまま身動きが取れなくなったという事態も頻発するわ。
北国の、それでなくとも若い人の少なくなってた山里などでは、
毎日手掛けにゃ家が潰れよう雪下ろしの人材がおらずで、
相当に難儀なさったというお話も聞こえるわ…と。
夏場のあの猛暑に添うて叫ばれる“温暖化”と
上手く咬み合って回ればいいのになんて、
素人のおばさんなんぞは、
そんな調子のいい事をついつい思ってしまったくらい、
相も変わらず昨今の気候は破天荒続きなようで。
その余波ということか、
暦が弥生に入ってもいつまでも冷え込みは立ち去らず。
新年度の先頭、四月卯月がすぐそこへと見えて来ていてもなお、
コートを仕舞えぬ寒さが居座り。
花の便りも春の訪のいも、
これではなかなかじゃあないかと思われていたのだが。
その気まぐれなお天気が
ぐんと暖かい日和を これまた突然寄越したものだから。
四月に入っても この調子では、
入社式だの入学式だのに間に合うのかとやきもきさせた、
関東地方の桜の名所のあちこちで、
今度は目まぐるしいほどの一気に
“見ごろ”のお声が飛び交ったほどで…。




     ◇◇◇



他には人の通る気配もない、宵の静謐の中。

 「…あ、こちらのも随分と厚みがありますよ?」

こそりと内緒で佇んでいたのを上手に見つけたと、
とはいえ時間が時間だからだろう、
喜色を滲ませつつも やや遠慮がちなお声が立って。
しんと静かなそこは、神社の境内の半ば。
頭上にやさしい緋色の衣をまとった枝を見上げ、
白い頬や品のいい口許をほころばせている人がいる。
時折吹きつける夜風こそ まだ多少は冷たいそれだが、
掃除や手入れの行き届いた、清廉清楚な場所にはふさわしく、
それは落ち着いた静けさに包まれた空間であり。
そこへと植えられてどのくらいとなるそれか、
なかなかにいい枝振りの桜が数本ほど、
間を取りつつも寄り添い合うよに立っている。
特に名のある樹でもなく、
よって、ライトアップが為されているということもなく。
それでのことか、
さすがに茣蓙を敷いてまでという
本格的な夜桜目当ての花見客はないものの。
境内のすぐ傍らの通り沿いの、街灯の明るさがあるせいで、
薄緋色の花群たちの存在が、夜陰の中に浮かび上がっており。

 「昼の間も、
  お散歩がてらという見物の人はおいでだそうですが。」

微妙に小さな神社なので、
お参りの人の行き来の前での宴会もなかろうと、
夜桜だけじゃあなくの明るいうちも、
馬鹿騒ぎをしようという存在はいない。
時折、小学生くらいのお子たちが、
大人の真似っこか、はたまた ままごとの延長か、
シートを敷いておやつを持ち寄り、
綺麗ねぇなどと見上げていることもないではないが、
そうまで小さい子らでは飽きるのも早いので、
結果、いつも静かな空間で見事な桜花を堪能出来ると、
ご町内でも評判の、住民たちには自慢の神社であり。

 「桜は咲き始めると あっと言う間に満開になりますものね。」
 「……。(頷、頷)」

お重箱にお弁当詰めてお出掛け…という格好のお花見も、
先々週の上天気だった週末に、
お隣さんとの合同で、河川敷まで繰り出して堪能してはいる。
そこもまた、
ジョギングロード沿いに見事な桜並木があることで知られていて。
ご町内の皆さんが 三々五々
同じように繰り出しておいでだった原っぱで。
まだぎりぎり学校は始まっていなかった久蔵と、
日曜出勤の振替という休みを取った勘兵衛も顔をそろえての、
うららかな陽気の下、
練り絹のような小花の緋白が幾重にも重なりあう様も、
そんな枝々がそよぐ風にゆったり波打つ壮麗さも、
そりゃあ見事だった満開の桜を満喫したものだったが、

 『よかったら出て来ぬか。』

まださほど夜更という時間でもなかったのに、
珍しくも勘兵衛がそろそろ帰り着くという電話を掛けて来て。
もはや昼間にさんざん見飽きているやも知れぬが、
この時間帯の桜も見ておく価値はあるぞなんてお誘いだったので、
お出迎えかたがた、こちらの神社で待ち合わせることとなった。
JRの駅へ向かう通りからは、微妙に外れる道筋なのだが、
分岐していても先で元の通りへ合流する、
所謂“鍋づる”になっている枝道。
神社でとの申し合わせをしておれば、
行き違うこともまずはないしと。
珍しい格好の御主からのお誘い、
断る理由もないまま、二つ返事で応じてから、

 『久蔵殿もいかがですか?』

夜に出歩くこと、お誘いするなんて保護者失格かもですがと、
お声を掛けたのも特に他意は無かった七郎次であり。
むしろ、

 『 ……。(頷)』

留守番させるには心配なほどの幼子でなし、
他でもない勘兵衛からの呼び出しなのだ、
ちょっと出て来ますと言いおいて出てってもいいところ…と。
選りも選って、久蔵の側が感じての微妙に戸惑ったほど。
久蔵に気を遣ったか、
いやさ、まだまだ子供扱いのこれも延長か、
彼のそういう天然さを、ふと今更考えたくなりかかったものの、

 “だがまあ…。”

いくら郊外の住宅地ではあれ、
陽が暮れてのちの外出なのだから、
どんな不埒な輩が現れないとも言えないかも知れぬ…と。
護衛としての同行なのだと、
とっとと切り替えたらしき次男坊であったようで。

  こんの、むっつりちゃっかりさんがvv(こらこら)

そんな二人で、
他には誰の目もなく、人通りも殆どない中という、
お珍しい夜半の外出にと踏み出しておいで。

 “夜空に月はまだ出てはない…か。”

今時そんなものを まずはと探すのは、
微妙な育ちをしておいでなことを現す一端でもあったりするのだが、
ままそれも今は引っ込めて。(苦笑)
車も通る道幅の通りは、等間隔に街灯も設置されていて十分に明るく。
それより何より、
夏場には夜祭りだの縁日だのにも出向いたし、
年の瀬には除夜の鐘をつきにと、
同じ道沿いにあるお寺へ もっと夜半に出掛けた彼らで。
そんな格好で これまでに全く例がなかった訳でもないことだのに、
どうしてだろか、今宵は珍しいくらいに胸元が落ち着かぬ。
昼間だってさほどに人の行き来はないような寂しい界隈ではあるが、
夜中と言ってもまだまだ宵の口。

 “それ以前に…。”

人の姿がなかろうと暗かろうと意に介すまでもないと、
もっとおっかないことへ対すため、集中し行動出来るよに、
厳しい習練をたんと積んでいる身だってのにね。
だというに、この突然のお出掛けへは、
小さな子供が遠出するのへ“冒険”と同じほど わくわくするような、
強いて言うならそんな心境が、胸のうちのどこかで顔を覗かせており。
お顔を見合わせるたび、
同じ心境からか、七郎次がクススと、
やはり何か言いたげながら、でもでも何も言わずに微笑うのが、
ちょっとした内緒ごとを
共有しあっているかのようで、それも嬉しい。

 そう、

ひたひたという静かな足音だけを連れ、
時折小声で囁くようなお喋りをしという、
いかにも内緒ごとのようなこしらえの道行きなのが、
実は さしたる目的あってのことじゃあないっていうのに、
どこか秘密めいてて楽しいのかも知れぬ。

  しかも、大好きな七郎次と一緒。

 「〜〜〜〜〜。///////」

人の眸を気にしなくてもいい。
お外なのにいつもより沢山、じっとじっと見つめてていい。
七郎次の側も、あのね?
通りかかる人がいないのだもの、ご挨拶する対象もないから、
自然と久蔵にばかり視線を向けてくれていて。

 「おや、どうしましたか此処んところ。」

髪についてた糸屑を そおと取ってくれたり。
ほら あんなところにミツバツツジが、
可憐なピンクでスィートピーみたいですが、
あれってツツジの仲間なんですよ…と、
通りかかったお庭に咲いてたお花の名前を教えてくれたり。
大声ではご近所迷惑だからというのと、
そこもやはり暗いからだろか、
ついつい小声になっての甘く囁くように話しかけてくれるのがまた、
いつもと違っての“特別”で嬉しい…と来て、
それでのこと、ほのかにドキドキしてしまうのかも知れず。
そんな七郎次のそれは端正なお顔が ふふと柔らかくほころんで、

 「このくらいの涼しさだと心地いいですねぇ。」

昼間の汗が出るほどの気温も、陽がなければ さすがに引いての、
過ごしやすいことをしみじみと告げる。
目的地の神社の境内に辿り着き、
夜陰の中へと浮かぶ
なかなかに見事な花つきの薄緋色の桜を、
おおおと感動も新たに見上げていた、
島田さんチの仲良し母子だったのだが。

 「……っ、」

これが秋の初めなら虫の声でも聞こえて来そうな、
それは静かな宵の静けさの中。
時折どこか遠くの通りを行き交う車の走行音が、
近づいて来たり遠ざかったりというの
響かせて来るくらい、だったのが。

 「何でしょかね。」

アスファルトを さっさかじゃりざりと刻み蹴上げるような、
明らかに誰ぞが大急ぎで駆けて来る足音が、
こちらへ向かってやって来るのが聞こえて来。
ご家族との約束でもあって大急ぎなお父さんかな、
実家から電話がかかって来ることになってたお兄さんかなと。
のんびりと桜を見上げていた七郎次が小首を傾げて、
足音がした、少しほど高低差のある眼下の通りへ眸をやれば。

 「だ、だれかっ。」

確かに大急ぎなのだろう、
背広の前あわせを大きくたわませての着崩して
襟元のネクタイもひん曲がってのはためかせ…という、
随分な恰好で駆けて来たのは。
こっちの二人からは見覚えはなかったが、
中高年くらいの年頃の、ごくごく一般のサラリーマン風の男性で。
日頃からも走ってなんぞいないのだろう、
今にも足がもつれそうなという何とも無様な走りっぷりだが、
そろそろ限界か、そのまますぐにも顔から転んでしまいそう。
何でまた、こんな夜更けの町なかを全速力で駆けているのかと、
七郎次や久蔵が怪訝に感じたのも いっときのこと。

 「待てよ、おっさんっ。」
 「逃げんなよっ。」

複数分の足音と共に、荒々しい罵声が幾つか、
後から追って来るのが聞こえて来たので、
はは〜んとこちらの二人へも合点がいった。
住宅街とはいえ、ここいらは町外れで人通りが極端に少ない。
夜中ともなりゃ ますますのことで、
多少の騒ぎになっても出てくる人はない場所柄。
そうとまで知っていたものかどうかは定かじゃないが、
おおかた、駅前辺りを伸してた不良が、
何かしら因縁つけた相手を、
此処までしぶとくも追って来たのだろう…というのは伺えて。

 “おやまあ…。”

相手は普通一般のサラリーマンさんにしか見えない相手。
それを此処まで追うとは、よほど腹に据えかねたのか、
それとも…暇だったからという因縁つけなら相当に悪質で。
だとすれば、見て見ぬ振りってのも難しいかな…なぞと、
胸のうちにて算段しつつ、
今まで見上げていた桜の樹の陰へ そおと寄れば。
そんな七郎次に続くように、久蔵もまたすぐ傍らへと身を寄せてくる。
ただし彼の側の思惑はといや、
七郎次が動くようならそのフォローをという順番だったようで。
そんな彼らという観察者がいるとは気づかぬまま、
年齢差が物を言ったか、すぐの真下でとうとう追いつかれたようであり。

 「何だよ、俺らがそんな怖いのか?」
 「その割にゃあ、じろじろ何度も見てやがってよ。」

逃げたという時点で、
狩る側と狩られる側という互いの強弱関係を見極めたのか。
笠に着たような物言いでかかる若いのが、ひのふの…5、6人というところか。
見かけだけで人の性分や気質まで判断しちゃあいかんと言うけれど、
随分と着崩された砕けた恰好や、
どれほど染め重ねたか、それとも脱色のし過ぎか、
パサパサに傷んだ黄色い髪の面々、
しかも数に任せてこうまで乱暴な態度を取る連中と来れば。
誠実な人柄を想定するのは……なかなか無理な相談ではなかろうか。
そして、

 「〜〜〜〜。」

はったりででも場慣れしている人ならともかく、
吊り革とかノートPC入りのブリーフケースより重いものは
この何十年か握ったことありません風の、
いかにも 事務職サラリーマンという雰囲気のするおじさんでは、
分が悪すぎるのは明らかで。
先頭切って追いかけて来た、
水気のない茶パツをハリネズミみたいに立てた鼻ピアスの奴から、
そのまま襟元掴んでつるし上げなんて仕掛けられちゃあ、
すっかりと竦んでしまっても仕方がない。
人の目がない場所だけに、金をせびりたいのが“まずは”だろうが、

 “それで済むとも思えないな。”

こんな時間帯に外にいるなんてのは、
目的がはっきりあるならともかく、
そうでないなら“暇を持て余しているから”に他ならず。
自分たちではないけれど、
羽振りがいいなら女の子を連れての夜桜見物とか、
そういう趣味はないならないで、
もっと都心の繁華街で伸してる方が楽しかろう年頃の子たち。
それがこんな、半端な住宅街の最寄り駅にいたなんてのは、

 「よっぽどすることがないんでしょうね…。」
 「  ……。(頷)」

学生時代も今も、
さして夜遊びなんてのには縁のない七郎次から、
あっさりと図星を指されていたらば世話はない
……と、久蔵から思われたんだから、
こりゃあもうもう救いようがないってもんで。
そういう連中は、
行き掛けの駄賃にと、意味もなく暴力にも走りかねないから厄介で。

 「………。」

そうと運びそうならば、
飛び出してって妨害をと構えた七郎次だったのが、
軽く握られたこぶしや、腰を据えての身構えから久蔵へも伝わった。
正義感からというよりも、
はたまた、ご近所での騒動が迷惑だったというよりも、
いかにも多勢に無勢で見てはいられなくてという
そんな順番からだったのだけれども。
そっちも人知れずならこっちも息をひそめて、
展開をこそりと見守っておれば、


  「そのくらいにしておけ。」


不意なお声がその場へと差した。
響きのいい、よく通るその声は、
追って来たごろつきの側の連中には覚えがなかったようだったし、

 「あ…?」

制止の文言だったのだから、助けに入らんとする存在の登場だってのに。
吊るし上げられていた側のサラリーマンさんにも覚えがないのか、
ホッとするより、まずはキョトンとしておいでだったようだけど。

 「ああ? 何だおっさん、せーぎのミカタか?」

いかにも小バカにしてだろう、
彼らの中じゃあ一番後方、
ダメージジーンズの腰へ何本かチェーンを下げてたことで、
雄々しい威嚇を表現していたものか…といういで立ちの若いのが。
まずはと一人振り返り、そんな言い方をしつつ、
割り込んだ声の主へと詰め寄って行ったようだったけれど、

 「ぅがっ!」

街灯の切れ目の薄闇の中、
何があったか、悲鳴に似た声を上げたのも彼の側だったようで。
細かい砂利をするような じゃじゃっという音と共に、
向かって行った先から弾き返されたかのような案配。
こちらへ押し戻されての、それだけじゃあ足らず、
失速したのち たたらを踏んで、
ずでんどうっと尻餅までついてしまった青年だったのへ、

 「何してんだ、お前。」

情けないなと叱咤する声も出たものの、
だが、残りの面々の態度はといや、
揮発性の高かった戦意へ点火されてのこと、
いつでも稼動オーライという気概満々なのが見て取れて。
しかもしかも……

 “今の声は…。”

聞こえた瞬間という素早さで、
身を寄せていた七郎次の撫で肩が、
それは判りやすくも ぴくんと跳ねたくらいだもの。
聞こえてなくたって、そして
あまり関心を寄せるものを持たない久蔵にだって
それへだけはピンと来る。
よって、

 「…っ。」
 「シチっ。」

すぐ傍らから反射的に飛び出して行きかかったのを、
それこそ全身で素早く押さえつけ、

 「…っ?!」

なんで?と切羽詰まったような目が見下ろして来るのへ
ダメダメとかぶりを振ってやる。
何故ならば、

 「喜ぶと?」
 「…っ。」

相変わらずに色々と省略された会話だが、
加勢されて喜ぶ奴か?と問うた久蔵へ、
そうとすぐさま通じて“うっ”と言葉に詰まった七郎次なのを、

 “……相変わらずだの。”

そちら様もまた、
距離はあったが風の加減でか、やすやす拾って。
苦笑をその精悍な口許へ、ひとはけ浮かべた勘兵衛であり。

 「何が可笑しいんだ、おいっ。」

小馬鹿にされたと思ったか、
我慢の利かぬ若いのが ずかずかと無造作に寄ってっての、
ぶんっと腕をやり、まずはと掴みかかろうとしたのだが、

  そんなゆるやかな攻め手へ
  捕まってやるほど鈍っちゃあいないものだから。

 「う…っ。」

冗談抜きの意識もせずの、瞬きのような自然な反応。
重心移動だけという、上体をゆらと後方へやや反らしたのみの所作一つで、
あっさり避けた壮年だったのへ。
よほどに自信があった反動だろう、
空振りをした自分の無様さを、
恥をかかされたと勝手に感じて、頭に血が上ったか。

 「てめっ!」

たたらを踏みかけた先で
それでも勢いつけての反転をこなした反射はなかなかだった。
ぐんと踏み込んだそのまま身を思い切り立て起こし、
弾みをつけたそのまま振り返っての、
堅く握った拳が繰り出された先にいたのは、だが、

 「な…っ。」

先程 厭味な肩透かしをくらった相手じゃない。
恐らくはそんな自分へ続いたらしい仲間内が、
向こうさんもまた真っ向から突っ込んで来たのを、
容赦なくのドガッと殴りつけており。

 「ぎゃあっ!」

飛び込んで来た方もお仲間から殴られて災難だったろうが、
勢いよく向かって来た手合いの顔面という堅いもの、
殴った側だとて ただでは済まぬ。
頬骨の堅いところでも当たったか、
自分の拳を抱え込んで、
今度こそ膝からその場へ頽れ落ちており。
こうまで見事な相打ちの同士討ちはそうそう見られぬと、
ありゃまあという途惚けた顔をしたのが気に障ったか、

 「こんの親父が生意気な真似をっ!」

残りの面々が いきり立っての、一斉に向かって来たものの。


 ある者へは額へ、手の甲での裏拳を。
 別な者へは、延ばして来た拳を掴みとめ、
 そのままかくりと捩って引き倒し。
 残りの二人へは、
 こちらから双手を伸ばしてやって、
 それぞれのシャツやジャケットの、
 肩口の内側同士を掴むと ぐいと引き寄せ、
 互いで互いへの頭突きという格好で、
 不意打ちの衝撃を与えてやって昏倒させて。
 ほんの数歩を進んだだけで、
 その足元へ次々に、
 ああまで生きのよかった若いのがバタバタと……


  「瞬殺だな。」
  「殺してなぞおらぬぞ、失敬な。」


そのくらいの手加減はしたと、言いたいか。
ちゃんと鳥居を回って通りまで降りて来た身内の二人へ、
わざとらしくも口許を曲げて見せたは、
もしかしたらば…彼なりの茶目っけなのだろか。
その年齢には珍しいほどの長身と、
重厚なまでに鍛え上げられた体躯を、
だがだが 地味な背広への着こなしで、
目立たぬようにと上手に隠しておいでだった壮年殿。
七郎次へ“夜桜を眺めぬか”との、
珍しいお誘いの電話を掛けて来たご本人こと、
島田勘兵衛、その人が、
再びの静寂が戻った通りに、
その身を街灯に照らされて立っておいで。
微妙に半端な明かりのせいか、
表情がともすれば読み取りにくいのだが、

 「…もしかして、」
 「別に怒ってなぞおらぬさ。」

言葉の足らぬ次男坊と、
結構 齟齬なくのやり取りをこなせる彼なのは、
七郎次とは別な感覚、いやさ、
最愛の彼には大人げない本心を悟られたくなくての、
多くを言の葉にしたくはないからか。(どっちにしたって・笑)
そして、

 「あ、あの〜〜〜。」

何しろあっと言う間の畳み掛け。
取り囲まれてしまっては万事休すと思っただろう、
片手では足らぬ頭数のごろつきを、
通り抜ける足取りのついでのように蹴たぐってしまった不思議な男と。
それへと声を掛けての新たに姿を現した顔触れがまた、
お揃いのように見事な金の髪をし、
モデルもどきの締まったスタイルの美人が二人。
まるで月の眷属のような存在が不意に登場したものだから。
ますますのこと、
声を掛けがたいと腰が引けてでもいたらしかった、
お気の毒なサラリーマンさんだったのだけれども。

 「あ、大丈夫でしたか?」

一旦は乱暴にも掴みかかられていた彼だったと、
そこから見ていた七郎次が、
怪我はないかと問いかけたのだが。
そんな連れ合い殿の進み出かかる動作を遮るように、
肩に手を置き、彼にはめずらしくも
やや強引に引き止めたのが、他ならぬ勘兵衛で。

 “え?”

何でしょかとキョトンとしたのが引き留められた当人ならば、
まさかあんなしょぼついた男へも悋気かシマダと、
久蔵までもが目許を眇めたものの。
そのまま

 「  ……っ。ひのえ。」

確かそんな名前じゃなかったかと、
口にした彼ではあったが、
相手は自分の直属の存在じゃあない“草”の者。
名前は何となく…そう
いつぞや勘兵衛が呼んだ折に居合わせて
それで知っていただけの、駿河の手の者で。
作業着ほど地味ではないジャンパー代わりか、
ネルのオーバーシャツとTシャツに、デニム地のカーゴパンツという、
ここいらの住人がひょこりと出て来たような、
いかにも自然な恰好のそんな彼が、
それにしては気配なく近づいて来たのは なぜかと言えば。

 「…な、何をなさるんですかっ。」

数人がかりから追われ、絡まれかけていたところ、
庇ったはずのサラリーマン氏をこそ、
がっちり腕を取っての、
拘束してしまわねばとするような対象だとした ひのえ氏であり、

 「白々しい言いようはおよしなさい。」

一見しただけでは此処の近くにお住まいの、
中年層のお父さんにしか見えないが。
それにしては手際のいい羽交い締めだし、

 「さっきの彼らが誤解して食いついたほど、
  じろじろと眺め回していたのは、
  それなりの“故”あってのことでしょうが。」

そんな風に一言を付け足すと、

 「…っ!」

びくくんっと総身を震わせたのは、
やはりやはり、それなりの疚しい心当たりがあったが故か。
それ以上の聞き取りや何やはお任せをと、
そのまま、もはや項垂れてしまったサラリーマン殿を
何処ぞかへ引いてゆく ひのえさんだったので、

 「……うむ。」

別な務めか、それとも手配があってのことか。
その詳細までは、宗主様でさえ聞かぬままにしたのだったけれど。
あとあとで通知が来ての判ったのが、
実は、こんなベッドタウン、しかも彼らの総帥様のおわす町で、
法に触れようドラッグの類を蔓延させんとしていた、
某組織の先鋒だったらしくって。

 『まあ そういうこともあるのだろうて』

とは、
実をいや 気の毒だったからではなく、
せっかくの逢瀬の邪魔になりそうだったのでと
手っ取り早く排除しただけの
誰か様の感慨のお言葉だったそうだが。


  そんなこんなも今はさておいて。


あらためて家族二人を振り返り、
目許をたわめて微笑った勘兵衛にしてみれば。

 「…さて。待たせてしまったかの?」

まったく嘘偽りなく、
予想も心当たりもなかった、
通りすがりの不埒で不審な連中たちだったようで。

 ほれ、獅子尾堂のじょうよ饅頭だ、
 久蔵には まめ大福もあるぞと、

そこは卒なく、
夜桜花見へのお茶受けにと それぞれの好物を持参の宗主殿。
ではそこの自販機でお茶を買って来ましょうねと、
こちらも それ以上は不審も何も問いかけず、
にっこり微笑って切り替えた七郎次なのも常のこと。
これが そうかどうかはそれこそ不明ながら、
務めに関わりがあることならば尚更に、
説明されぬことを 敢えてほじくり返してはならぬのが、
名乗り上げをしてはない島田の家人へと、
暗黙のうちながらも徹底されている不文律だったし。

 “桜…。”

今はやや頭上という高みとなった、
境内の桜たちを振り仰いだ久蔵としても。
いつぞやの 勝ち気な姫様がらみのような件ならいざ知らず、
さっきの騒動、桜をダシにして
七郎次をわざわざ呼び出す意味なんて
どこにもなかろうということくらいは判るので、

 「……。」

彼もまた食い下がることはないかと納得し、
ペットボトルの緑茶や缶のコーヒー、
買って戻って来る七郎次へ駆け寄る“いつも”を取り戻す。


  少し冷たい夜風だが、一頃に比すれば十分甘い。
  春の宵に静かに、だが、華やかに、
  浮かび上がった緋白の桜花を、
  傍らの温もりとともに堪能する幸いよ。
  世の中色々あるけれど、
  誰にも知られぬ色々もあるけれど。
  しばし忘れて、花に酔う……





   〜Fine〜  12.04.18.


  *何が主軸なんだかよく判らない、
   長いだけの話になっててすいません。
   島田さんチにしてはちょみっと騒がしかった
   とある晩のお話…ということで。
   きっちり集中してなかった証拠ですね。いかんなぁ…。

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